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2025/05/18 2サムエル22章「私たちの神は憐れみ深く恵み深い」
桜井知主夫
日曜礼拝
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2サムエル22章
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私たちの神は、あわれみ深く恵み深い
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人から救う
Ⅰ.神はダビデを多くの人たちから救い出された
A.神は、多くの人々からダビデを救った
1.ゴリアテから救われた
2.サウルから救い出された
3.イスラエルの敵からペリシテ人から解放された
4.自分の息子アブシャロムから救い出された
5.反乱軍を指揮したシェバから救われた
Ⅱ.特に、長年にわたるサウルからの執拗な圧迫から救われたことが、彼には大きなことだった
A.サムエルに油注がれた後も、サウルは王座にとどまった
B.サウルは、悪霊に悩まされるようになった
C.そのサウルを助けるために、彼はギター(立琴)を弾いた
D.ダビデが活躍し始めると、サウルはダビデに嫉妬して殺意を抱いた
E.その圧迫が長年続いたので、ダビデは精神的に病んだ
Ⅲ.この詩は、詩篇18篇と同じ内容
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1節
背景について
Ⅰ.特に、サウルから救われたときに書いた(1サムエル8:14)
A.サウルは、ダビデを殺そうと心に決めていた(1サムエル19章)
1.ダビデを愛したヨナタンにまで、ダビデを殺すように命じた
B.ダビデは、アドラムの洞窟に隠れる(1サムエル22章)
1.このときは、サウルの圧倒的軍事的多数によって圧迫される
C.ダビデが、サウルを殺す機会があったが手を出さなかった(1サム26章)
1.サウルは悔い改めるというが、感情レベルで実際はなんも変わんない
D.再度、ダビデはサウルを殺す機会があるが、それでも手を出さない
1.サウルは自分の罪を認めるが、それでも妬みと殺意を持ち続けた
E.これじゃ油注がれたダビデであっても心はへとへとに疲れる
1.精神的におかしくなる
F.サウルに殺されるに違いない、と絶望している(2サムエル27:1)
1.絶望とは、もう、自分でも何の方策も思い浮かばない状態を指している
2.自分を救う方策を思い浮かんでも、それで解決するとは思えない状態
3.その圧迫の中で、判断も狂って神を求めなくなる時期があった
Ⅱ.すべての敵から救われた
A.これは、自分で蒔いた種を刈り取ることも含む
1.そのときに敵対してくる子どもたちも含んでいる
Ⅲ.バテシバと不倫をし、夫であるヘテ人ウリヤを殺す前のこと
A.もし後ならば、自分の正しさときよさに従って自分に報いてとは言わない
1.そんなことをしたら、地獄行きになってしまう
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2〜4節
イエスだけが
私たちがしっかりと立てる岩
Ⅰ.パウロは、モーセたちにつ いて来た岩について言った
A.イスラエルは、モーセについて荒野を歩んだ
B.聖霊の岩から飲んだ、その岩はキリスト(1コリント10:4)
Ⅱ.この岩、主を呼び求めると、ダビデは敵から救われた
A.パウロは、私たちも主イエスの御名を呼ぶと救われると言っている
B.主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる(ローマ10:13)
1.これはすべての人に与えられた約束である
C.あなたが、すべての問題から救われたとき
1.この方は、他の人にも必要だと思うようになるか
2.この方を紹介したいと思うようになるか
D.あなたは、主イエスの御名を呼んで救われたことがあるだろうか
1.イエスさま、主イエス、キリスト
E.なんでもよいが、主イエス・キリストの御名を呼んだことがあるだろうか
1.問題の最中で、叫んだことがあるだろうか
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5〜6節
ダビデが叩き込まれた状況
Ⅰ.死の波〜取り巻く
Ⅱ.滅びの川〜恐れが襲う
Ⅲ.よみの綱〜ぐるぐる巻きにされる
Ⅳ.死の罠〜自分に向かって来た
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7節
神に叫ぶと、神が応答される
Ⅰ.エリシャが、ヨアシュに弓を射るように命じた(2列王13章)
A.イスラエルがアラムに勝利するため
B.その後、矢を取って地面を打つように命じた
1.しかしイスラエルの王は、3回しか地面を打たなかった
C.エリシャは、5回も6回も矢で地面を打つべきだった
1.そしたら、あなたはアラムを滅ぼすことができた
2.しかしあなたは3回しかアラムを打つことができない
D.要するに、しつこく祈り続けるとき、敵や問題から救われる
Ⅱ.イエス・キリストの御名をあなたは何回呼ぶのか?
A.1回か、2回か
B.それとも何度も、何度も、あなたの問題のためによび続けるのだろうか
C.あなたの問題に助けが与えられるまで、何度も主イエスの御名を呼ぶのだろうか
1.5回、6回と叫び続けるのだろうか
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8〜16節
ダビデに立ち向かう者を、主が咎められる
Ⅰ. 神が応答される
Ⅱ.神は、大きなスケールで、イスラエルの敵に立ち向かわれる
A.同じように、クリスチャンの敵、悪魔とその手下どもに立ち向かわれる
B.そのすべてを人間は把握できない
Ⅲ.それでも私たちが主の御名を呼ぶと、主が大きなスケールで動かれる
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17〜20節
正直になろう
Ⅰ. 強い敵から救われる
Ⅱ.正直になろう、その敵は自分の力では勝てないことを
A.彼らは私よりも強いのです(詩篇142:6)
1.私の叫びに耳を留めてください
2.私はひどくおとしめられています
3.私を迫害する者から救い出してください
Ⅲ.家来に自分の弱さを隠さないダビデ
A.上からの知恵は見せかけがない
B.ツェルヤの子たち将軍ヨアブとアビシャイは、王の自分よりも強い
1.自分は油注がれた王であるのにかかわらず、彼らの方が強いことを認められた
C.だからこそ、ダビデは、神に助けを求めることができた
D.プライドがあって、強がる者は神に助けを求めないので、救われない
Ⅳ.自分が弱いときに、人間は弱みにつけ込んでくる
A.逆に敵からすれば、チャンスであって、当然のようにその機会を生かそうとする
1.敵からすれば、その機会を生かさないのは愚か
Ⅴ.しかし、そんなときに、神は私とあなたを支えてくださる
A.そしてもっと広いところへと連れ出してくださる
Ⅵ.主があなたと私を喜んでくださるから
A.目の前に置かれた喜びとは、あなたと私のこと
B.その喜びのゆえに、主イエスは辱めをものともぜずに十字架を忍ばれた
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21〜25節
自己義認オンパレード
誤解を恐れずに言おう
ダビデは、罪を犯した後の方が罪を犯す前より、神との関係は親しくなった
Ⅰ. ダビデの自己義認オンパレード
A.私の義(正しさ)21+25節
B.私のきよさ 21+25節
C.主の道を守り、悪を行わなかった、主の掟から遠ざからなかった
1.これは明らかに、バテシバとの不倫、夫ウリヤ殺害以前に書かれている
Ⅱ.ダビデは律法主義者だった
A.神の掟を守っているから、私によくしてくださいと言っている
B.律法を完全に守れる人は一人もいないとパウロは言っている(ガラテヤ2:16)
1.律法の行ないによって義と認められる人は一人もいない
Ⅲ.バテシバと不倫をし、ウリヤを殺した後に、ダビデは神のあわれみと恵みを深く知った
Ⅳ.もはや、自分の義(正しさ)に頼ることは永遠にできなくなった
Ⅴ.罪を赦され、罪からきよめられるには、神のあわれみが必要
A.あわれみとは、赦されるのに価しない者に赦しが与えられる
Ⅵ.神からよくされて、問題から助けられ、必要が与えられ、成長が与えられるには恵みが必要
Ⅶ.二種類の神との関係を築くやり方がある
A.神に、律法主義的、自己義認の立場から近づく
1.自分の力で自分を正しいとして、神に気に入られていると錯覚する
a)それこそが、パリサイ人
B.神から、あわれみと恵みをいただいて、神に近づく
1.もはや、自分の中に神から正しいと認められるものは何もないことに気づく
2.キリストが、私とあなたの罪(悪、正しくないもの)となり代わりに裁かれた
3.それを信じる者の信仰が正しいと認められる
Ⅷ.神よ。御恵みによって、私に情けをかけ(詩篇51:1〜2)
A.あなたの豊かなあわれみによって、私のそむきの罪をぬぐい去ってください
B.どうか私の咎を、私から全く洗い去り、私の罪から、私をきよめてください
Ⅸ.ダビデは、罪を犯した後の方が、神との関係が深くなった(詩篇32:1+11)
A.幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は
B. 正しい者たち。主にあって、喜び、楽しめ。すべて心の直ぐな人たちよ。喜びの声をあげよ
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26〜30節
悩む者を助けられる神
Ⅰ.ダビデが、バテシバとの不倫と、彼女の夫の殺害を隠せたと思っているときは助けを求めない
A.自分の力と計画で、その場を乗り切ることだけを考えているので神に助けを求められない
Ⅱ.しかし、すべてがバレて、何よりもその罪が自分にバレて魂の火が消えそうになったとき
A.彼が、曲がっていたとき、真実を捻じ曲げていたときは助けられなかった
B.しかし、自分の罪のために悩み、刈り取りに悩み始めたとき、もっと助けを求めた
1.そして神は、悩むダビデを助けられた
C.これは預言的である
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31〜35節
キリストのマイナスが
彼を信じる者にプラスを与える
Ⅰ.神が与えられる道は完全
A.ヤハウエのことばは純粋
Ⅱ.神に身を避けるとき、神はあなたと私を助けられる
A.神は盾になってくださる
B.神はしっかりと立てる岩となってくださる
C.敵から自分を守る要塞となってくださる
Ⅲ.守るだけでなく成長させてくださる
A.私たちを養い高いところに立たせてくださる
B.そして戦えるように整えてくださる
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36〜43節
神がマイナスを引き受け
私たちにプラスを与えてくださる
Ⅰ. あなたの謙遜が私を大きくされます
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44〜46節
敵を前にものともしなくなるのを助ける神
Ⅰ.状況を治めることができるまで、成長させてくださる
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47〜51節
キリストが我が岩
永遠に目が開かれる
Ⅰ.岩とは、この詩の中で3回登場する
A.2節、32節、47節
B.この岩は、どっしりとしていて、頼り甲斐があり、力強い
Ⅱ.ダビデは、自分の子孫からキリストが登場することを知っていた
A.この段階で、ダビデは永遠に目を向けることができた
Ⅲ.私たちも、自分の生き様が、永遠に繋がっていることをさらに理解する必要がある
A.キリストは戻って来られる、主の前に立って、主のために何をしたかを問われる
B.そのときに、あなたのためにこれこれをしましたと言えるだろうか
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最後に
Ⅰ.どんなにしくじったとしても、神は、あわれみと恵みによってあなたに報いてくださる
Ⅱ.あわれみと恵みの関係によって、ダビデは神に近づくことができた
Ⅲ.感謝してと賛美のいけにえは、罪を犯す以前にまして深く大きくなった
Ⅳ.だからといって、恵みが溢れるためにもっと罪を犯そうとはならない
A.それでは、どういうことになりますか。恵みが増し加わるために(ローマ6:1〜2)
1.私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか
2.絶対にそんなことはありません
3.罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう
B.それではどうなのでしょう (ローマ6:15)
1.私たちは、律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから
2.罪を犯そう、ということになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません

