こんな教会です

ジーザス・コミュニティは、1999年に東京都国分寺市で始まったプロテスタントのキリスト教会です。

アメリカのカルバリー・チャペル(単立の群れ)のグループと提携しています。

カルバリー・チャペルとは?

 

カルバリー・チャペルは、アメリカの南カリフォルニアで、チャック・スミス牧仕を通して始まりました。

 

  


ジーザス・ムーブメントとカルバリー・チャペル

 

神の愛を求める

 

1960年代の冷戦下、ベトナム戦争に邁進するアメリカ…。そんなアメリカの保守的価値観に反抗する次世代の中から「ヒッピー」というグループが現われました。さらに矛盾するようですが、保守的価値観に反抗していたそのヒッピーたちの中から、素朴に、また純粋にイエス・キリストを信じる若者たちが現われたのです。これを一般的に「ジーザス・ムーブメント」と呼んでいます。

 

チャック・スミス牧仕は、アメリカンフットボールのプロチームからスカウトされるほどのアスリートでした。日本で言えば、柔道部の主将のような人です。心身ともに健全なスポーツマンの彼は、言わばアメリカ保守層の代表のような人だったのです。彼が牧会していた教会には、自然と保守的な人たちがキリストを信じ、加わってきました。

 

保守的な人たちの多くは、ヒッピーのように仕事もせず、髪の毛を肩まで伸ばしていた若者たちを嫌悪していました。チャック牧仕もカルバリー・チャペルの人たちも例外ではありませんでした。しかし、チャック牧仕の奥さんのケイさんは違いました。彼女は、このヒッピーたちのために祈り始めたのです。

 

そして、ケイさんは夫であるチャック牧仕を強いて、ヒッピーたちのために一緒に祈ることにしたのです。毎日、ビーチに車で行って大勢のヒッピーたちを見ては、彼らが救われるように祈りました。夫婦で祈るうちに、チャックさんの冷めた心も次第に変えられていきました。

 

チャックさんは思いました。神の愛がなければ、繊細な感覚を持っているヒッピーたちを容易に傷つけてしまうことになるだろう。これは、何がなんでも神の愛をいただく以外にはない、と。

 

そこで毎日祈ることにしたのです。ケイさんは、朝も晩も、部屋が酸欠になるほど熱心に教会の女性たちと祈りました。チャックさんも、教会の役員の人たちや友人たちと一緒に祈りました。


すると、水面下で何かが変わり始めたことに夫婦は気がつきました。チャックさんは、「自分たちの努力とはまったく無関係に私たちの心が変えられた」と言っています。

「このときのために、私たちはいろいろなところを通過させていただき、整えられてきたのだろうか?」とチャックさんは思ったそうです。

 

 


神の民は、神のことばで養われ、整えられる

 

以前の彼は、聖霊派と言われるグループに所属していました。そのときは2年ごとに牧会する教会を移りました。それは彼が、「日曜礼拝メッセージは2年分あればいい」という考えを持っていたからです。しかし、あるとき牧会した教会は、とても魅力的な環境にありました。図書館や学校などの公共施設が充実していて、おまけに波乗りもできる。彼は、その地域に2年以上住んでみたいと思うようになりました。

 

「しかし、2年分の日曜礼拝メッセージしか蓄えがない。どうしたらいいんだろう?」そんなときに、ある注解書を読んでいると、第一ヨハネの手紙のアウトラインに目がとまりました。このアウトラインを分解すると約50回分のメッセージができることに気がついたのです。「やった、これでもう1年ここにいられる!」と、思ったそうです。

 

第一ヨハネの手紙を順次教えるようになると、目に見えて会衆が成長し始めたそうです。牧仕が会衆を強く煽らなくても、みなが自発的に友人や知り合いや家族を教会に招くようになりました。神のことばを学んで知っていくうちに、霊的に成長し始めたのです。それまで伝道メッセージばかりしていたチャックさんは、これを機に、神のことばを教える大切さに気づかされたのです。

 

しかし1年が過ぎた頃、再び日曜礼拝用のメッセージのネタが尽きてしまいました。どうしようかと思っていたときに、ローマ人への手紙のある注解書に目を通すと、「ローマ人への手紙は、人の心に革命を与える」という言葉が目に入りました。「革命」という言葉に引かれ、注意深く注解書を読み、自分でアウトラインを作ってみました。すると、もう2年間分の日曜礼拝メッセージが出来上がったのです。

 

ここで、画期的な出来事が起こります。〝神が人を救われるのは、人間の努力にはよらず、一方的な神の恵みによる〟ということを会衆と分ち合うことができたのです。律法的な考え方に縛られていたところから解放され、自由になる体験をしたのです。チャック牧仕は、このように【神の恵み】について教えることのできる優れた教仕でした。

 

さらに、ハーレーの聖書ハンドブックを読むと、「会衆の年間通読と、日曜礼拝メッセージが調和しているのが好ましい」という言葉に目がとまりました。そこで、創世記から黙示録までを順々に教えることを示されました。「これで何年でも、ここにいることができる! やった!」と、チャック牧仕は思ったそうです。

 

このようにして、一般的な聖霊派とは違うスタイルが出来上がりました。〝聖霊の働きと現われは、聖書に書いてあることがガイドライン。つまり、聖書に書いてある線を越えることはあり得ない〟という確信をチャックさんは得るに至ったのです。なぜなら、聖書を書かせたのは聖霊ですから、聖書に書いてあることに聖霊が矛盾することはあり得ない、と。

 

そしてなによりも、神のことばによって、キリストの羊は養われ、神の聖徒は整えられることを実感したのです。

 

 


聖霊に拠り頼む

 

チャックさんは、この教派から出て、単立の教会を開拓することになります。その理由は、その教団の指導部が聖霊よりも肉の欲求を利用して、教職者たちを煽動するようなことをしたからです。彼はそのグループを去って新しく単立教会を開拓することにしました。信仰によって一歩踏み出したのです。

 

しかし、新しい単立教会でも、聖霊に従って集会を導こうとすると、他者の肉の欲求とぶつかりました。ある時、彼は集会室のフロアで輪になって聖霊の促しに従って集会を導いていました。賛美や証しや聖書のことばの分ち合いをする中で、みなの霊が引き上げられる実に素晴らしい体験をしました。ところが、ステージの上にピアノがあったために奏楽者は、このような集会スタイルの中ではピアノを弾くことができず、そのことで役員会にクレームを持ち込みました。すると役員会は「このような集会は中止するように」と申し入れてきたのです。チャック牧仕は、「やれやれ、この単立の教会でも、聖霊の促しを素朴に反映することはできないのか」と、思ったそうです。

 

そこで、会衆が250名ほどに成長していたその教会を去り、会衆が25名ほどの小さな、しかも2つのグループが反目しているような教会の牧仕になるのです。新しい教会の規約には「最終的な決断は、牧仕が聖霊の促しを受けて決断すること」という一文を明記しました。でも、彼はなぜ250名の教会を手放して、25名の小さな教会に移ったのでしょうか。なぜなら、彼にとって聖霊の促しに従うということは、それだけ死活問題だったのです。それができないくらいなら、サイズが10分の1になっても構わないというほど腹をくくっていたのです。「累乗的増加の前には、必ず引き算がある」と、チャック牧仕は言いました。この件については、聖霊による純粋な累乗的増加を体験した他の牧仕たちも同様の発言をしています。

 

1)神の愛を求めて、互いに愛し合う

2)神のことばによってキリストの羊を養い、神の聖徒を整える

3)よく祈り、聖霊の導きによって教会を運営する

 

以上が、チャック・スミス牧仕を通して始まった、カルバリー・チャペルの主な特徴です。

 

多くの実を結んだカルバリー・チャペルの神のムーブメントを体験したチャック牧仕は、神のことばの基本的な健全な原則を『カルバリー・チャペルの特徴』という本に書き記しています。

  

この本の内容は、以下のリンクからPDFファイルで閲覧することができます。また、本を購入されたい方は、当教会までメールにてご連絡ください。

 

>>「カルバリー・チャペルの特徴」PDF

 

 


カルバリー・チャペルとの出会い

 

チャック・スミス牧仕との出会い 

私がチャック牧仕と出会ったのは、1992年に東京で開かれたある集会の席でした。すでにアメリカに7年間住んでいた私は、〝海外から来た教職者(チャック牧仕)は、きっと上から目線で語るだろう〟という先入観を持っていて、彼の話しも身構えながら聞いていました。しかし、彼は「日本の文化がどうだ」とか「日本人はどうたら」とか、そんなことには一切触れず、ただただ、神のことばを分かり易く解き明かしました。彼の話しを聞いていたときに私の心が開かれ、それから一週間というものは、そのことを思い出すたびに咽(むせ)び泣いていました。

 

その後は、彼の行く所どこにでもついて行きました。翌年再び、中国に行く途中、彼は日本に寄ってくれました。彼が招かれた大会のワークショップの質疑応答の機会に、彼に質問しました。「あなたが同伴されているカルバリー・チャペルの牧仕たちは、声を揃えて、あなたから愛されたと言っていますが、あなたは同様に牧仕から愛されたことはありますか?」

 

すると彼は「同伴した牧仕たちを私が愛したように、他の牧仕から私が愛されたことはなかった」と答えてくれました。

 

そして、彼は次のようにアドバイスをしてくれました。「あなたはローマ人への手紙を読みなさい」。実は未信者の頃、大学のインストラクターから「あなたはローマ人への手紙を読んだらいいと思う」と言われたことがありました。その後、夢の中で「ロマ書の6章8節」という言葉を、男性の太い声で3回繰り返して聞いたこともあります。神は、このときチャック牧仕を通して、改めてローマ人への手紙を読むように私に言われたのです。そして、私の目を大きな神の愛と恵み深い神に向けようとしてくれたのです。

 

家族で渡米、主イエスと主の民に仕えることを学ぶために

翌年、彼の教会に集うために都合のよい神学校を選び、家族で南カリフォルニアに引っ越しました。それから3年間、彼が牧会していた教会に通う機会に恵まれました。それにしても、彼ほど分かり易く聖書を解き明かす人には出会ったことがありませんでした。彼のメッセージを聞き、あるときはキリストの大きな愛と恵みを知り喜びに満ち、あるときは自分の罪を知って悲しみ苦しんで悔い改めに導かれました。また、キリストに対する信仰が養われ、キリストとその民に仕える姿勢が整えられました。

 

その過程で、神学校で学んでいたことに矛盾を感じ、そこを辞め、彼の教会のスクール・オブ・ミニストリーに転校して、さらにチャック牧仕から学びました。

 

フランクリン・グラハム氏も「牧仕になりたいのなら、チャック・スミス牧仕から学びなさい」と言ったことがあるくらいです。牧仕というあり方はこういうものかということを、彼から教えていただきました。

 

日本に帰るとき、チャックに挨拶に行くと、「知主夫を通して、神の国が広がるように」と祈ってくれました。彼と離れるのは辛いものがありましたが、この祈りに励まされて、これから神が何をしてくださるかを期待して帰国しました。

 

最後までキリストの愛を示して

日本に帰ってしばらくすると、アメリカから国際電話がかかってきました。そして「パスターチャックが、知主夫に日本でカンファレンスをやって欲しいと言っている」と、伝えられました。そのときはカンファレンスを開けませんでしたが、後に、違うカルバリー・チャペルの牧仕たちからも「カンファレンスをやって欲しい」と言われました。またその直後に、チャック牧仕から、みなの面前で「あなたが声を上げなければ、他の人が神が与えられる奉仕を取ってしまうぞ」という不思議な後押しがありました。2003年以降、毎年、日本でカンファレンスを開く機会が与えられています。

 

あるときは、彼の教会の長老を通して「チャックが知主夫に、カリフォルニアでの牧仕カンファレンスで10分間、話して欲しいと言っている」と、依頼されました。私は、チャックがそのように私のことを心にとめてくれていることを知って、とても嬉しくなりました。実際のカンファレンスでは、予定よりも時間は短くなりましたが、神がしてくださっていることを大勢の牧仕たちと分ち合う機会が与えられました。

 

チャックとは出会って以来、そんな主にある温かい交わりをさせていただいていたのですが、彼が体調を崩し始めた頃に手紙を差し上げると、彼からも返信の手紙をもらいました。その手紙の中でも彼は〝キリストと、キリストから任されたことに目を留めるように〟と、励ましてくれました。彼が亡くなった今、その手紙は私にとって、とても大切な彼との思い出となっているのと同時に、最後まで私の目をイエス・キリストに向けるように仕え励ましてくださった彼の心遣いに心の底から感謝をしています。

 

パスター・チャックとの出会いを与えてくださった恵み深い父なる神に心の底から感謝をするとともに、イエス・キリストにあって神をほめたたえています!

 

下記のリンク先から、父なる神から与えられたチャック牧仕との関係について語っているビデオをご覧いただけます。

 https://youtu.be/y3qYEa3fevw

 


カルバリー・チャペルの牧仕たちとの交わり

 

同じ特徴の価値観を共有する

日本では、カルバリー・チャペルというと、なぜかカルバリー・チャペルの名前を拝借されたグループと教会の方々を思い浮かべる人たちが多いので、私は混同されないように「ジーザス・コミュニティ」という名前を教会につけました。アメリカから日本に来て教会を開拓するカルバリー・チャペルの宣教仕たちは、自分の教会とグループの名前を変える必然性を見出すことはできないので、そのまま「カルバリー・チャペル」と命名しています。ですから、日本では特徴の違う2種類のカルバリー・チャペルが存在することになります。

 

チャック牧仕が始めたカルバリー・チャペルは教団ではありません。これは、チャック牧仕を通して神から与えられた教会の特徴に価値を置く牧仕同士が集まるグループです。神から教会を開拓するように呼ばれた、あるいは単立教会を引き継いだ牧仕同士が、同じ特徴の価値観を共有して交わるのが、カルバリー・チャペルなのです。

 

みなさんにも、ぜひ一度、カルバリー・チャペルの特徴がどんなものか知っていただきたいと思います。聖書が言っていることと何の矛盾も感じられないので、とても安心できることと思います。

 

交わりがないと狭くなる

やはり、どんなに神から呼ばれていて召命がある者でも、対等につき合える仲間がいなければ偉くなってしまい、低くなって学ぶ機会も少なくなります。一匹狼のように動いていれば自然考え方も狭くなり、聖書全体のバランスから離れ、独善的になってしまうケースがしばしば見受けられます。牧仕同士でも、互いに愛し合うことは簡単ではありませんが、神にあわれんでいただき、助けをいただきながら交わりが育まれ、実践的に聖書の理解が深められていくのを実感できるところには喜びがあります。

 

カルバリー・チャペルの良さは、それぞれが個性的であり、ときにそれが強烈であっても、交わる中で互いに建て上げられていくことを目指していけるところだと思います。

 

カルバリー・チャペルと提携する前、数ヶ月毎日祈る中で、神がこのグループに導いてくださっていることを知り、カルバリー・チャペルのファミリーの一員となる恵みが与えられました。

 

こんな者であるのに関わらず、イエス・キリストにあって、驚くほどに良くしてくださる方に心から感謝し、恵み深い父なる神をほめたたえています!